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2006年6月

2006年6月30日 (金)

天野山金剛寺境内(3)

Njm_oz9b 河内長野市の「天野山金剛寺境内」を流れる川です。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチしました。

さて、再び「菜根譚(さいこんたん)」の登場です。
「安らぎを得るには」という表題、後集の第52項です。

心が欲でいっぱいになっていれば、波のさわぐ淵のように、心はいつも安らぎがなく、山林の静かな風情を味わうこともできない。
心が無欲になっていれば、真夏の暑さのなかにいても涼しく、町のざわめきのなかにいてもやかましさを感じない。

2006年6月29日 (木)

紫陽花(あじさい)

0rwz3qtb 天野山金剛寺境内の「紫陽花」です。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチ、淡彩で仕上げました。

さて、最近「脳の活性化」ブームが一世を風靡、種々のパソコンソフトが販売されていますが、肝心のそれ用の機種(ハード)が品切れ。それにもかかわらずのCMに矛盾を感じたりしております。
ところで、軽い運動、ウオーキングを30分以上実施すれば
同じく「脳の活性化」に効果があるともいわれています。
それは、ウオーキングを開始して20分経過すると、「エンドルフィン」が脳内に発生するようです。
「エンドルフィン」は、脳内麻薬物質とも呼ばれ、モルヒネと同じ作用をする物質で、人間の脳の中で作られ、かつ消費される物質ですが、それは気分を楽しく高揚させる作用があるようです。
そこで、マラソン選手が2時間以上の過酷なレースに耐えられるのは、この「エンドルフィン」効果があるからではないのかと考えたりしております。

2006年6月28日 (水)

天野山金剛寺(仁王門)

Rrjqxecg 河内長野市の天野山金剛寺(仁王門)です。大阪府指定文化財になっています。実はこの絵はその仁王門の裏側を描きました。正面は仁王像の表現が難しかったからかも知れませんが、正面は東南に向いていて、訪れたときには逆光で立体感を表現しにくいと判断したのが真相です。

さて、この寺は天平年間(奈良時代)に僧行基が開創。後に弘法大師が真言密教を広めるための霊地としてこの地を選んだようです。
「女人高野」のいわれは、八条女院が弘法大師御影を高野山から当山御影堂に移したことにより、女性が弘法大師と縁を結ぶ霊場となったことによるようです。

2006年6月27日 (火)

天野山金剛寺(多宝塔)

7vbhiczh 河内長野市の「天野山金剛寺(多宝塔)」です。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチしました。

さて、私は水彩画を始めてやっと7年が経ちました。手習いはまず10年間で初級の域に達するのだと言われています。
その意味で、このつたないblogで日々更新を続けている限り、自然と1年に300枚位のスケッチ作品を描くことになって、少しは進歩するのではないかと淡い期待をしております。
ところで、世の中には天才、秀才がいるもので、知人の友人は私と同じ経験年数7年程度ながら、今やプロの域に達し、年に何回かは銀座の画廊で個展を開催しているとのことです。
ともあれ、才能は千差万別、自分にあったペースで進めていくしかありません。50年前に中学校卒業文集に書いた次の駄句を思い出したりしております。
「怠らぬ 歩みおそろし かたつむり」

2006年6月26日 (月)

立葵(たちあおい)

Ypecrkez 「立葵(たちあおい)」です。河内長野市の「緑ヶ丘北町」バス停の街路に咲いていました。近所の人が植えたのでしょうか。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチしました。花びらの下地には「サクラ絵の具」の赤色を薄く使いました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「ものの役にたつのは」という表題で次のようにいっています。前集第77項です。

暴れ馬も調教次第では乗りこなせる。鋳型からとび出した金も、やがては型におさまる。一見、手におえぬような人物が、案外とものの役にたつものだ。
これに反して、のんべんだらりと日を送り、いっこうに発憤しない人物は、一生かかっても少しも進歩することはない。
白沙先生も言っておられる。
「人として迷いが多いのを恥じることはない。もし、何の迷いもないというのなら、それこそ困ったものである」



2006年6月25日 (日)

長野公園

Wo89qz79 河内長野市の「長野公園」です。近くに「河合寺」があります。春は櫻が見事に咲き誇ります。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチしました。

さて、安岡正篤(まさひろ)さんは味わいのある言葉を多く遺していますが、次の『六然』もいいですね。


自処超然(ちょうぜん)
 〈自分自身に関してはいっこう物にとらわれないように〉
処人藹然(あいぜん)
 〈人に接して相手を楽しませ心地良くさせる〉
有事斬然(ざんぜん)
 〈事があるときはぐずぐずしないで活発にやる〉
無事澄然(ちょうぜん)
 〈事なきときは水のように澄んだ気でおる〉
得意澹然(たんぜん)
 〈得意のときには淡々とあっさりしている〉
失意泰然(たいぜん)
 〈失意のときは泰然自若としておる〉

2006年6月24日 (土)

女人高野 天野山行宮

Tmi91fzm 河内長野市の天野山金剛寺の別名、「女人高野 天野山行宮」です。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチしました。

さて、この二十年はIT革命の華々しい時代でありました。そんな中、「IT革命に生き残る知的仕事術」に次のような記述があります。

行動に移せないものは夢ではない。それはたんなる幻に過ぎない。夢を絵にして具体的に動き出すことに意義がある。

2006年6月23日 (金)

ゼラニューム

D5jgpdyb 「ゼラニューム」です。下描きなしで、直接絵筆で着色しました。花びらの色合いに若干変化を持たせたつもりでしたが・・・。風景以上に難しさを実感しました。

さて、若い頃、気に入った酒場で過ごす時間はまさに至福のひとときでした。五木寛之さんはそんな酒場〈R〉について、次のようなことを言っていたのを思い出します。

現在の学生たちには、それなりの〈自由の天地〉があるのかも知れない。だが、私には、もう二度と〈R〉のような酒場が現れてくることはないだろう。たとえ、そんな店があったとしても、私自身がすでに変わってしまっているからだ。

2006年6月22日 (木)

「金剛寺」バス停

Rpet5rf4 河内長野市の「金剛寺」バス停です。旧外環状線(R170号)沿いにあります。
HOMOスケッチブックにボールペンでスケッチしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」は味わい深い書ですが、その中でただ1項、私にはまだ当分その心境になり得ない部分があります。それは後集の第2項、「無為」について説いているところです。

水辺に釣り糸を垂れる。まことに風流だ。だが、そのなかにも殺生を喜ぶ心がある。
碁や将棋を楽しむ。至って淡泊な遊びだ。だが、そのなかにも闘争を愛する気持ちがひそんでいる。
してみれば、何事かを始めるよりは、少しでもする事をへらしたほうがまさっており、いろいろな事ができるよりは、何もできずに本心を損なわぬほうがましなのだ。

2006年6月21日 (水)

セイロンベンケイ(6)

Vqbrtiys 「セイロンベンケイ(葉から芽)」の久々のご報告です。

このblogは、もともと本年2月26日に「セイロンベンケイの成長記録」として始まりました。ところが、その成長は微々たるもので、日々の掲載記事にはならないと気がついて、つたない水彩画を掲載して今日に至っております。それから116日が経過。その間、5月4日にポットに植え替えましたが、成長が思わしくなく一時はあきらめかけていたところ、どうやら持ち直してくれてやれやれという心境です。

さて、以前に、絵画評論家洲之内徹さんが随筆「絵のなかの散歩」(新潮文庫)の中で、「どんな絵がいい絵か、と問われたなら、買えなければ盗んでも自分のものにしたくなるような絵」だと言っていることをご紹介しましたが、同氏はその本の中で、次のようなことも言っていたのをなぜか思い出します。

「人生では、失うということを学ばなければならないのだ」