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2006年8月

2006年8月31日 (木)

丹後半島・伊根

Es6etc0m 京都府丹後半島・伊根の「烏賊漁船」です。
烏賊漁船は夜間に漁場でこうこうと灯して漁をするのですが、昨今その発電機に使用する軽油も高騰、集魚灯に発光ダイオードを使用して軽油の節減をしている船があるそうです。そんな烏賊漁船のスケッチです。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「忘れてはならぬこと、忘れなければならぬこと」について次のように説いています。前集の第51項です。

自分が人のために尽くしたことは、心にとめておく必要はない。だが、迷惑をかけたことは、いつまでも記憶にとどめておこう。
人から受けた恩は忘れるな。人に対する怨みは、きれいに忘れてしまうことだ。

2006年8月30日 (水)

セイロンベンケイ(10)

H1d_z9v4 「セイロンベンケイ(葉から芽)」の第10回目のご報告です。本年2月26日の発芽から半年が経過、その間2回植え替えて、背丈が10センチメートルになりました。
これからは、「ハイポネックス」の1000倍希釈液を週に1回位投与すれば順調に育つのではないかと思います。花を見るまでは根気よく育てねばなりません。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「天の意志」について次のように説いています。

節操のかたい人物は、ことさらに幸運を求めようとはしないが、天はかえってその心を見こんで幸運をさずけて、天の意志をあきらかにする。
陰険な人物は不幸を免れることばかり考えているが、天はかえってその心を憎んで不幸をもたらし、精神に衝撃を与える。
このように天の機能はまことに不可思議である。人間が浅知恵をはたらかせても、どうすることもできないのだ。

2006年8月29日 (火)

島の谷

Xt4sbngh 河内長野市の「島の谷」です。
河内長野市の南端、数キロ南は和歌山県橋本市になります。大阪府下に残された数少ない「里山」風景です。中央の農家は元茅葺きですが、今はトタン葺きになっています。
そんな里山風景をボールペンでスケッチしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「まぼろしと実在」について次のように説いています。

この、まぼろしの世についていえば、功名や富貴はもちろんのこと、われわれの肉体さえも夢のまの仮の姿に過ぎない。絶対の実在という点から見れば、父母兄弟はもとより、世界の万物さえも、すべて自分と一体のものなのだ。
この道理を会得した者だけが、全世界に対する自己の責任を自覚し、同時に、一切の束縛から解放された自由を味わうことができるのである。

2006年8月28日 (月)

摂津峡

0o3cvjic 高槻市の「摂津峡」です。
昨日は夏休み最後の日曜日、小学生や幼児が水遊びに興じていました。ここは水深が総じて浅く、安心して遊ばせられる絶好の場所ですね。
そんな摂津峡をボールペンでスケッチ、淡彩で仕上げました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「生のはかなさ」について次のように説いています。後集の第97項です。

自分がこの世に生まれてくる前には、果たしてどのような姿をしていたであろうか。自分がこの世を去ってしまった後には、果たしてどのような姿になるであろうか。
ひとたび、この問題を考えて見れば、いっさいの執着は消え去って、ただ本心のみが澄みわたる。こうして心は現実の世界を超越し、絶対の自由を得るのだ。

2006年8月27日 (日)

吉野川

4fcsoxru 奈良県吉野郡下市の「吉野川」です。
吉野川は和歌山県域からは「紀ノ川」と名前が変わります。
中学の同期会役員会を吉野川畔の「千石荘」で開催。鮎フルコースに舌鼓を打ちました。
その「千石荘」からの眺望のボールペンでのスケッチです。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「自らまいた種」という表題で次のように説いています。前集の第109項です。

歳をとってから出てくる病気は、元気なころの不摂生のむくいだ。落ち目になってからのつまずきは、羽ぶりがよかったころに原因がある。
だから君子は、絶頂のとき、満ちたりたときにこそ、最も慎重に振舞うのだ。


2006年8月26日 (土)

茅葺きの民家

R0ydfijg 京都市嵐山「渡月橋」の北にある茅葺きの民家です。
茅葺きの建物は希有になりました。材料の茅もさることながら茅葺き職人の不足など、維持管理が大変なようです。近年、それらは銅板やトタン葺きなどに替わりつつあります。
そんな茅葺きの民家をボールペンでスケッチしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「逆境の効用、順境の危険」について次のように説いています。前集の第99項です。

困難に苦しんでいるときは、身のまわりはすべて良薬ばかりだ。志も行いも、知らぬまにみがかれていく。
万事がうまくいく境遇にあるときは、物騒な凶器があたり一面からせまってきているのに、五体を切りきざまれても、まだ気がつかないものだ。

2006年8月25日 (金)

旧堺港燈台

Dbelgomi 堺市大浜の「旧堺港燈台」です。
この燈台は、明治10年建築で、現存する最古の木造燈台です。ボールペンでスケッチしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「因果応報」について次のように説いています。前集の第164項です。

善行を積んでも成果が目に見えぬことがある。だが、草むらにかくれた瓜のように、それはどこかで育っていく。
悪事を働いて得たものを失わずにすむことがある。だが、庭先の雪のように、それはたちまち消えてしまう。

2006年8月24日 (木)

御堂筋・道頓堀

Fdqo5mco 大阪市難波の「御堂筋・道頓堀」です。右手前は「はり重」、肉の老舗専門店。二階、三階には個室の座敷があります。
左の建物の壁には今問題になっている消費者金融業者の看板があります。
そんな風景をボールペンでスケッチしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「世路は崎嶇(きく)たり」という表題で次のように説いています。前集の第35項です。

人の心は変わりやすく、世渡りの道は曲りくねっている。
無事に世を渡ろうとすれば、容易に通れぬ小道では、自分は待って人を先にやり、らくに通れるところでも、三分はあけて人にゆずる心がけが大切だ。

2006年8月23日 (水)

鳴門大橋

Dlwj9pbw 「鳴門大橋」です。鳴門大橋を遠望できるホテルからのボールペンによるスケッチです。鳴門大橋はあらかじめ白色のクレオンで描いてその上を彩色して浮き上がらせました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「エリートの怠惰」という表題で次のように説いています。前集の第60項です。

春ともなれば、無心の花や鳥でさえ、美しくひらき、たのしげにさえずる。
運よく地位に恵まれて、くらしの苦労もなく、人生の春に遭いながら、鳴かず飛ばず、なんの仕事も発言もせずに無為に日を送るようでは、たとえ百年生きようとも、一日生きた値打ちもあるまい。

2006年8月22日 (火)

大阪市立中央公会堂

Cepej_xg 大阪中之島の「大阪市立中央公会堂」です。いつもと違った角度(大阪地裁前の堂島川対岸)からボールペンでスケッチしました。

さて、私は当blogを本年2月26日、「朝露日記」と名付けて発足させました。その命名の主旨は、私が「人の命は朝露の如くはかなく、もろいものであるという虚無思想の信奉者」であるからでした。そして、この命名に自画自賛もしておりました。
ところが、最近そもそも古典書に「朝露日記」なるものが存在していることを知りました。それは、重要文化財で、紫式部直筆の「朝露日記」です。
ところで、その「朝露日記」は、かつて上野の国立博物館での「日本古典書籍展」展示中に紛失してしまったということです。そして、なぜか、現在アメリカの蒐集家が所持しているとか。