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2006年9月

2006年9月30日 (土)

近大付属病院(3)

Tv6nc7rt 大阪府大阪狭山市の「近畿大学医学部付属病院」の正面に通じる歩道です。
4Bの鉛筆でスケッチしました。スケッチながら、かなり荒っぽい出来です。もっと入念に描くべきで、反省の多い作になりました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「わが心を観るくふう」について次のように説いています。前集の第87項です。

心が静かなときには知性が澄み切っているから、自分の心の実態をよく認識することができる。また、心がゆったりしているときには感情が落ちついているから、自分の心の働きをよく観察することができる。そして、心が淡々としているときには、情緒が安定しているから、真の心の喜びを味わうことができる。
自分の心を認識し、真理の正しさを証明するためには、この三つの方法をとるのが最もよろしい。

2006年9月29日 (金)

飛騨高山

Q1oazjpz 岐阜県飛騨高山の金銀細工の「尚古堂」です。
創業は江戸時代に遡るとか。この商店街はいつも観光客で賑わっています。
そんなお店を帰阪後に、4Bの鉛筆でスケッチ風に仕上げました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「品性、包容力、認識」について次のように説いています。前集の第145項です。

人の品性は包容力が大きくなるにつれて向上する。包容力は認識が深まるにつれて大きくなる。
したがって、品性を向上させようとするならば、包容力を大きくすること、包容力を大きくしようとするならば認識を深めていくことだ。

2006年9月28日 (木)

寺ヶ池公園(4)

R88fjkaz 大阪府河内長野市赤峰の「寺ヶ池公園」です。
ボールペンでスケッチ、淡彩で仕上げました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「とらわれぬ心」について次のように説いています。前集の第46項です。

人格をきたえるさい、いちばん大切なのは枯木や石ころのように、ものに動じない冷静な心を身につけることだ。これがないと目前の誘惑に負け、欲望にふりまわされてしまう。
天下の政治をとるさいも同じだ。いちばん大切なのは行く雲、流れる水のように、悠々としてとらわれぬ心を身につけることだ。これがないと部分にこだわって全局を見失い、破綻を招く結果となる。

2006年9月27日 (水)

寺ヶ池公園(3)

Sfieohpi 大阪府河内長野市赤峰の「寺ヶ池公園」に咲いていた、季節はずれの「向日葵」です。
めずらしいと感じて、ボールペンでスケッチしました。この向こう、池をはさんで民家がかすかに見えています。

さて、以前このblogに私が渋っていた拙宅の裏庭の草取りを家内がシルバー人材センターにお願いしたことを(恥ずかしながら)書きました。ところが、雑草はその後又してもはえそろい、止まるところを知りません。そうした中、次の品物を見付けて、昨日試験的に使用してみました。
それは、「透水性舗装材『カチカチ君』」・・・水をかけて固まる魔法の土。水をかけるだけで固まり、雑草が生えるのを防ぐ・・・という説明です。20�を3袋、1万円で購入しました。効果については、後日ご報告致しますが、恥の上塗りの話を又しても書いてしまいました。お百姓さんのご苦労を心からお察ししながらです。


2006年9月26日 (火)

寺ヶ池公園(2)

Raa9vfdl 大阪府河内長野市赤峰の「寺ヶ池公園」、昨日に続き同公園管理塔をスケッチしました。今回はボールペンを使用、ボールペンの方が鉛筆に比べてスケッチ画らしくなるように思います。中央は噴水、クレオンの白色を塗って表そうとしましたが、感じが出ているでしょうか。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「足るを知るは仙境」という表題で次のように説いています。後集の第21項です。

目の前にあるすべてのことは、満足できる者にとっては理想の世界となり、満足を知らぬ者にとっては俗世間となる。
世の中を動かすすべての法則は、これを善用する者のためにはものを生かす働きをするが、悪用する者のためにはものを殺す働きをする。

2006年9月25日 (月)

寺ヶ池公園

7wwemq0m 大阪府河内長野市赤峰の「寺ヶ池公園」です。江戸時代に灌漑用池として造成された「寺ヶ池」を中心とした周囲4キロメートルの公園です。この池には20数年前、渓流魚の「ハス」が釣れました。きっと誰かが放流したのでしょう。もっとも今は「釣り禁止」となっていますが。
そんな公園を6Bの鉛筆でスケッチしました。ここのところ、ボールペンが続き、オーソドックスな描法に不安を抱きながらの作品です。画面左の奥にはマンションや民家がありますが、デフォルメしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「思いやり」について次のように説いています。前集の第173項です。

「ネズミのために飯を残し、蛾をあわれんで灯をつけぬ」という句があるが、昔の人がいったこの心がけこそは、すべての生命あるものをはぐくんでいく出発点だ。
この心を持たない人があれば、それこそ木石同然であって、何の値うちもない、たんなるぬけがらに過ぎない。

2006年9月24日 (日)

てらもと総合福祉センター

K9d2tnld 大阪府河内長野市の「てらもと総合福祉センター」です。
昨日の「老寿サナトリューム」よりは安く利用できる、介護老人保健施設です。拙宅からは車で3分の距離です。
その建物をボールペンでスケッチしました。

さて、二日続いて老人ホーム関係を登載しましたが、思いますに、「人生80年時代」はただ生命を長らえているだけでは意味が無く、心身共に健やかな長命が望ましいことはいうまでもありませんね。
知人のYさんは85歳、ゴルフ場では乗用カートには極力乗らず日傘を差して、さっさと歩いてプレーします。この達者さは平素からの鍛錬心掛けのたまものでしょうね。見習いたいものだと思います。
それにつけても、亡父は86歳の時グループの宿泊写生行で心臓麻痺で急死。ご同行の皆様にはご迷惑でしたが、死の直前まで達者で好きな趣味を堪能して往生したのを思い出します。そんなことを考えながら、昨日もスポーツクラブで汗を流してきました。

2006年9月23日 (土)

老寿サナトリューム

Topr9r7y 大阪府河内長野市にある私立「老寿サナトリューム」です。
高級老人ホームです。拙宅から車で5分位のところにあります。院長とは以前のスポーツクラブで知り合いました。
入院費は数千万円とか。とても手が届きそうにはありません。
そんな建物をボールペンでスケッチしました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「自然ととけ合う心」について、次のように説いています。

雪景色を照らす月の光を眺めれば、心は底まで澄みわたる。のぞかな春風に吹かれれば、心はほのぼのとなごんでくる。
自然の姿と人の心は、一つにとけ合ってへだてがない。

2006年9月22日 (金)

「総本家更科」

Mbvi7ewg 大阪市浪速区恵美須東の「総本家更科」です。通天閣のすぐ近くにあります。レトロなお店で、明治末期の建築だとか。
そのお店を6Bの鉛筆でスケッチ、淡彩で仕上げました。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「骨を折って怨まれる」について次のように説いています。前集の第55項です。

ぜいたくな暮らしをしていると、いくら富んでいても満ち足りた思いをすることはできない。つましい暮らしをしながら、余裕をたのしむほうが、よほどましではないか。
腕ききといわれる人は、一生けんめい骨を折ってしかも人々からは怨まれる。グズといわれる人は、気らくに毎日をすごして、自然のままの本心を保っている。このほうがどれだけよいか知れぬ。


2006年9月21日 (木)

セイロンベンケイ(11)

A08cuqqf 「セイロンベンケイ(葉から芽)」の第11回目のご報告です。本年2月26日に発芽以来7ヶ月が経過、軸の丈は、13.5センチメートルになりました。週に1回程度ハイポネックス1000倍希釈液を施しています。来年か再来年の開花を目指して注意深く育てていきたいと思っております。

さて、「菜根譚(さいこんたん)」では、「和して同ぜず」について、次のように説いています。前集の第198項です。

世間をわたるについては、周囲の俗っぽい人々とまるで同じになってはならないが、さりとて、かれらから孤立してはならない。
事業をしようとするならば、人々から嫌われるようでは困るが、さりとて、人々に迎合して喜ばせることばかり考えてはならない。