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2007年5月

2007年5月30日 (水)

寺内町の町家(上野呉服店)

Cl1ttynp 大阪府富田林市・寺内町の町家「上野呉服店」です。

いつもの耐水性ボールペンでラフなスケッチ画にしました。
木部はセピアでなくローズマダーを主にした3色の混色で着色しましたが、樋はライトレッドで変化を持たせました。

さて、今日は行きつけの難波の「荘司理髪店」で散髪しました。そして鏡に映る我が顔を見て、歳は取りたくないものだと今更ながらしみじみと思ったものです。20年前、いや10年前の顔でも今よりは張りとつやがありました。そんなことを思いながらうつらうつらの40分間でした。
当然のことながら、人間は男女を問わず二十歳をピークに年々体力、気力そして容貌までもが下降の一途をたどるものだと再認識せざるを得ませんね。
その意味では昔の著名な作家は(ほとんどが結核で)若くして逝去していますね。それらの人々は老醜をさらすことはありませんでした。三島由紀夫さんは(特異な例ですが)45歳でした。
ところで一方、石原慎太郎さんは75歳のご高齢ですが、「老いてこそ人生」の著作の中で、「老いることへの自分なりの正確な理解や準備や対処が出来ていれば、老いて行くことの中での予期した以上の充実や満足もあるはず」だと説いておられます。やはりもはやこの考え方にすがって行かざるを得ないのかも知れませんね。
そして謡曲「敦盛(あつもり)」の一節を時に吟じながら、ですね。

「人間五十年、下天(げてん)の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり。
ひとたび生をうけ、滅せぬもののあるべきか」

(続)興正寺別院(富田林市)

1lpntukl 大阪府富田林市・寺内町の「興正寺別院」の勅使門です。

昨日のデッサンに着彩しました。屋根はかなり丁寧に描きこみましたので、そのままで着色しませんでした。その結果、扉の茶色の着色が目立った結果、強調したい屋根が弱い感じになりました。

さて、私は毎月第4土曜日午後1時から4時まで東大阪市小阪(「明洋ライセンススクール」)での「Webクラブ東大阪」の勉強会に参加しておりますが、その勉強会の草創期から最近まで活躍されていた山下敏江(サイト名:生駒の風)さんのブログ「ikomanokazeの日記」が新聞記事になりました。

掲載は5月26日の産経新聞夕刊です。是非ご覧下さい。
http://d.hatena.ne.jp/ikomanokaze/

くしくも、私は当日(5月26日)の例会の「blogを始めよう!」の講師役を務めておりました。そんなこともあって、この新聞記事は感慨もひとしおの気分です。

2007年5月29日 (火)

興正寺別院(富田林市)

Wpg5o2k3 大阪府富田林市・寺内町の「興正寺別院」の勅使門です。
このお寺は京都花園にある「興正寺」の別院とのことです。

屋根瓦の表情に興味を覚えて、2Bと6Bの鉛筆でスケッチしました。後日淡彩で着色したいと思っております。

さて、建物をスケッチする場合、例えば多数の屋根瓦を描くのは面倒なことですが、実景にほぼ近い数を描かなければなりませんね。そうしないと、実際の風景とあまりにもかけ離れた出来上がりになってしまいます。このことは平素ご助言頂いている先生に数年前にご教示いただきました。

2007年5月27日 (日)

寺内町の町家(富田林市)

Uv1u2u1b 大阪府富田林市・「寺内町(じないちょう)」の町家です。この建物は安政元年(1854)の建築で、「葛原(くずはら)家住宅」の三階蔵です。

その建物をいつもの耐水性の水性ボールペンでスケッチしました。

さて、この「寺内町」は文化財保護地区です。従って完全な町並み保存の規制が布かれているようです。

ところで、戦後まもなくから30年間、この地区の近くに住んでおられた(今日同行の写生仲間の)お1人の感想は「50年前の建物は朽ち果てそうな建物もあって、その時の方が時代を感じることが出来た」ということでした。

このことについては、文化財として永久に保存していくには一定の定期的保存工事はやむを得ないことでしょうね。そして、指定建物の保存と現に居住している方々の日々の快適な生活の保障というギャップを解決していかなければならない行政側の苦労は如何許り(いかばかり)かと察します。そんなことを考えながら描いたのがこのスケッチです。

柳生街道風景

Stt98dai 奈良県柳生町の里山風景です。先日来登場している「柳生藩家老屋敷」の近くです。

耐水性のボールペンでスケッチ画にしました。

さて、過日絵画仲間の竹井昭生さんが新生出版から「巡礼の旅から見える日本のゆくえ」を出版されたことをご紹介しましたが、次のオンラインショップでも販売されていますのでお知らせ致します。

紀伊国屋BookWeb
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/486128211X.html

オンライン書店ビーケーワン
http://www.bk1.co.jp/author.asp?authorid=110004971910000

ライブドアブックス
http://books.livedoor.com/search/gci/?o=3&p=1&type=author&word=%C3%DD%B0%E6%20%BE%BC%C0%B8

Yahoo!ブックス
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31876249

2007年5月25日 (金)

柳生藩家老屋敷庭園

Oy2vr97n 奈良県柳生町の「柳生藩家老屋敷」の庭園です。
屋敷一番奥に「殿様用客間」がありますが、この絵はその客間からの眺めです。

耐水性の水性ボールペンでスケッチ画にしました。そして淡彩で仕上げました。右下の花は予めクレオンを塗ってから水彩絵具を塗り重ねました。

さて、この建物は今から160年前の嘉永元年(1848)の建築ですが、昭和39年(1964)に小説家山岡荘八氏がこの屋敷を買得、昭和46年(1971)NHKから放映されて柳生ブームをおこすことになった大河ドラマ「春の坂道」の原作も、この屋敷でその想を練ったとのことです。
そして現在は山岡氏の子孫から寄付を受けた奈良市が管理しています。

ところで、明日私の所属する「WEBクラブ」で皆さんに「ブログの始めかた」について説明します。そしてブログ愛好家を増やすことに微力ながら寄与したいと思っております。

2007年5月23日 (水)

「柳生錦」醸造元

0xhcgey8 奈良県柳生町の地酒「柳生錦」醸造元「酒金」です。奈良交通「柳生バス停」前にあります。300年続いた醸造元とのことです。

その醸造元のお店を耐水性の水性ボールペンでスケッチ画にしました。彩色は透明水彩のセピア調ですが、暖簾だけは強調するために青色にしました。

今回のハイキングは、JR笠置駅を起点に「笠置寺」、「旧柳生藩家老屋敷」、「芳徳寺」そして「柳生バス停」から奈良交通バスで1時間、「近鉄奈良駅」に至るコースでした。

その「柳生バス停」に予定より早く到着、バスを待つ間にこの地酒の醸造元「酒金」で利き酒をしました。この地酒はさらっとした辛口であったと思います。
私はもっぱら芋焼酎「五代」の熱烈な愛飲家で申し訳なく思いましたが、この地酒は買わずに利き酒に止めました。同行6人中4人はそれぞれ求められました。

さて、私はつたないスケッチ画を掲載していますが、先日私のお気に入りとなったビブラムソールの軽登山靴を選んで下さったOさんから「短時間で仕上げるスケッチ画だけでなく、じっくりと時間を掛けた作品も手掛けるべき・・・」との忠告を頂戴しました。その忠告の主旨を噛みしめて、午前1時の今この記事を書いているところです。


2007年5月20日 (日)

 摩尼院書院 (天野山金剛寺)

Rbomsg3f 天野山金剛寺の「摩尼院書院」です。この建物はこのblogに数回登場しましたが、久し振りにグループで訪れました。

そして耐水性の水性ボールペンでスケッチしました。

これは当然のことかも知れませんが、同じ対象物であっても季節や時間帯そして天候によっても感じ方は異なるものですね。それとその時の心理状態によっても感じ方は変わりますね。従って極論すれば、同じ景色も所詮「一期一会」だと言えるかも知れませんね。そんなことを考えながら描いたのがこの一枚です。


 

2007年5月19日 (土)

柳生藩家老屋敷(奈良市柳生)

465hvdj2 奈良市柳生の「旧柳生藩家老屋敷」長屋門です。
柳生藩(1万石)の家老、小山田主鈴(しゅれい)の旧邸。嘉永元年(1848)の建立です。

その長屋門をボールペンでラフなスケッチ画にしました。
そして彩色はセピアでの単色着色です。

さて、昨日、JR笠置駅から笠置寺、旧柳生藩家老屋敷へのハイキングに行って来ました。道中は「東海自然歩道」に指定されています。もう少し早い時期なら山桜が全山を覆い尽くしているようです。

新緑の下快適なハイキング行でした。そして風景は勿論ですが昨日は1週間前に求めたビブラムソールの軽登山靴を履いての参加です。この1週間連日40分程度の足慣らしのウオーキングを続けた結果、問題なくむしろ快適に終始しました。良い買い物をしたと喜ぶと共にご助言下さったOさんに改めて深謝致したいと思っております。

大阪市役所庁舎

Xuijq4wr 大阪市淀屋橋の大阪市役所庁舎です。この現庁舎は昭和61年に完成。21年が経過しました。
昭和46年、大阪市は市役所、公会堂の建て替え、中之島図書館の移転についての「中之島東部再開発構想」を発表。これに対して建築家や市民から歴史的環境保存運動が起こりました。
そして、公会堂や中之島図書館は存続されることになりましたが、この市役所庁舎は昭和61年に建て替えられました。
建て替え前の庁舎は、中之島図書館や日銀大阪支店と同様の御影石造りの荘厳な佇まいでした。取り壊された旧庁舎は惜しまれますが、市役所業務遂行上はやむを得ないことであったことでしょうね。

さて、そんな経歴を持つ現大阪市役所庁舎をボールペンでスケッチ画にしました。そして彩色はセピアでの単色着彩にしました。