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2007年8月

2007年8月30日 (木)

北アルプス・北穂と槍ヶ岳

Stjzaahb この絵は奥穂高岳から臨んだ「北穂」と「槍ヶ岳」です。
この構図は以前、「奥穂高岳登山」シリーズでスケッチ画を掲載しましたが、この絵はF10号のアルシュ水彩画用紙に水性サインペンで下描きをして水彩絵の具で彩色しました。

さて、私達高齢者登山隊の「奥穂高岳登山」シリーズは昨日の記事で総括、一旦終了しましたが、昨日その登山隊メンバー6名でその反省会を開催、二次会はカラオケで山の歌を絶唱して大いに盛り上がりました。

そのせいでもありませんが、今一度当時を思い出しながら、登頂の感慨が冷めないうちに絵にしてみることにしました。この絵はその第1号となります。

2007年8月27日 (月)

ティファール電気ケトル

Cmrj7hds 今日、近くのミドリ電化で「ティファール電気ケトル・アプレシア」を購入しました。これはお湯が必要なときに必要な量だけを瞬時に沸騰させることが出来るポットです。

この絵は、その電気ケトルを6Bの鉛筆でスケッチしたものです。

ところで、この電気ケトルついては、blogの相互リンクをお願いしている「日々是好日/そよ風さん」の以前の記事で紹介されていました。

その時には、著しい電気代の節約が図れて魅力的な製品だと思いましたが、使用中の通常の電気ポットがまだ健在だったので買い替えるのを控えていました。

昨日その電気ポットが不調になって使えなくなったのを機会にこの電気ケトルを購入しました。

使い方はいたって簡単、必要量の(例えば珈琲1杯分の)水を入れてスイッチをセットすれば30秒位で沸騰します。今までは、1日に1回も使用しない時でも1日24時間スイッチを入れ放し、電気代の浪費は明らかでした。

さて、今月初めからこの3週間は月初めに登頂した奥穂高岳登山の「高齢者登山隊」の記事を連載してきましたが、もうそろその総括をして終わりにしなければならないと思っております。

私にとっての結論は、山小屋宿泊を伴う登山は少なくともその数週間前から「8時就寝、4時起床」の生活リズムを確立しておくことと、5〜10�の体重減が必須だということですね。

特に体重の問題については、(現状の私は)あたかも普通車の車体に(高齢で経年劣化した)軽自動車のエンジンを登載しているようなもので、物理的に無理があります。軽自動車のエンジンには軽自動車の車体が見合っているのですね。

幸い下山後の体重は以前の1�減は維持できています。この減量数値を更に進捗させたいと真剣に思っている今日この頃ではあります。




2007年8月24日 (金)

前穂高岳「屏風岩」(彩色)

Ywppsn0n この絵は、前日の「奥穂高岳登山・屏風岩」のスケッチ画に、山肌を彩色したものです。

山肌を彩色せずに、スケッチ用紙生地の白いままでアップしたところ、山肌の部分が雪渓に見えるというご指摘を頂戴致しました。そのご指摘は私も薄々感じながら(手抜きで)アップしていた認識もあったので、反省の意味も込めて、その部分を彩色してみました。そして、ついでに下方の樹木にも少し彩色を加えてみました。

さて、私はもうすぐ到来する9、10月は毎年憂鬱になります。それは、各種展示会の開催時期がこの頃に集中するからです。

理想は平素から作品を描きためていて、その中からどれを出展するかを思案するだけなのが順当なところでしょうが、私は根っからの怠け者、今まで(私の人生そのままの)泥縄式で対処してきました。

これからの短期間で数点を仕上げねばなりません。そしてその結果、いつもの通り、「時間があればもう少しましな作品が出来ただろうに」という「引かれ者の小唄」にも似た言い訳を今年もきっと繰り返すことでしょう。

2007年8月22日 (水)

奥穂高岳登山・屏風岩

Vwlekxwy 私達高齢者登山隊一行6名は、穂高岳登頂に成功後、宿泊した「穂高岳山荘」を午前7時に出発しました。

そして、その前日に宿泊した「涸沢小屋」の見える「涸沢ヒュッテ」に向かって歩行。そこで昼食、休憩を取りました。

穂高岳山荘から涸沢ヒュッテに向かう道はほとんどが雪渓の中で、滑落しないよう緊張の連続でした。

その後、涸沢ヒュッテを出発してまもなく悩まされた雪渓はなくなり、岩の混じった道を「横尾山荘」に向けてひたすら歩き続けました。

この絵はその歩行の途中、左側に見えた「屏風岩」の風景です。この岩はロッククライミングの難関中の難関だといわれているようです。勿論、私達高齢者登山隊には無縁の山です。

その風景をコンテ鉛筆(フランス製)のHBでスケッチ画にしました。

さて、私達はこの登山行では4泊しましたが、最初の氷壁の宿「徳沢園」以外は山小屋で、全て相部屋でした。その広さは団地サイズより狭い一畳に1人ずつのスペースになります。

これでも広い方で、(遭難者を出さないために)山小屋は宿泊希望者は全て受け入れるということで、一つの布団に3人が寝て、夜中にトイレに立って帰ったらもはや寝るスペースは無くなってしまうこともあるようです。そのような混雑時はロビーは勿論廊下も布団で埋まるとのことでした。

幸い私達は(現役の方達が休暇を取りにくい)月末から月初めにかけての日程でしたのでそこまでの混雑には遭遇せずに済みましたが・・・。

そうした状況も私の睡眠不足の原因になったかも知れません。

次回、もし機会があって再び山小屋に泊まる際には、出かける2、3日前は徹夜をして臨めば良いのかも。そうすれば初日から熟睡、「8時就寝4時起床」のリズムに馴染めるのではないか、と思ったりしております。


2007年8月19日 (日)

奥穂高岳登山・穂高岳連峰

Ytqb3oqu この絵は「涸沢(からさわ)小屋」と「穂高連峰」です。

耐水性ボールペンでスケッチ画にしました。

中央左奥に見えるのが穂高連峰、私達熟年(本当は高齢者・以後は「高齢者登山隊」とします。)登山隊が登頂を目指す「奥穂高岳」も見えています。

涸沢小屋は標高約2100メートル、奥穂高岳は標高3190メートル、ここから1000メートル登らねばなりません。

翌朝涸沢小屋を出発、昼前に到着した「穂高岳山荘」で一旦荷物を置いて、いよいよ奥穂高岳登頂は軽装で臨みます。

さて、この高齢者登山隊に参加した私の平素は、午前2時頃までblogの更新等PCと過ごしていたので睡眠不足が2日続いて、正直体力を消耗、睡眠が体力維持に如何に重要かを思い知らされた次第です。

2007年8月17日 (金)

奥穂高岳登山・ホタルブクロ

Keyakwzd 「ホタルブクロ」です。私達熟年登山隊が奥穂高岳登頂を目指していた道沿いでたびたび見かけました。

名前の由来は、花の中にホタルをいれて遊んだとか、花の形を提灯に見立てたとか諸説あるようですね。名前と印象がぴったりなので、この花の名はすぐに覚えました。

その「ホタルブクロ」を耐水性ボールペンでスケッチ画にしました。彩色は水彩絵の具です。

この「ホタルブクロ」に似た「山ホタルブクロ」というのもあるようですが、その違いはよくわかりません。どなたかご存じの方がおられたらご教示頂ければ幸いに思います。

さて、今回の登山行は4泊5日でしたが、私は67歳、体力的には相当過酷に感じました。そこで、登山行前後のスポーツクラブでの計測値を比較した結果は次の通りでした。
体 重:71.6�→70.6�(△1.0�)
体脂肪:22.4%→20.4%(△2.0%)

この数値をできるだけ長く持続させたいと思っているところです。

2007年8月15日 (水)

奥穂高岳登山・槍ヶ岳

0a2oza9w この絵は奥穂高岳から見た「槍ヶ岳」です。中央奥の尖った山です。

私達熟年登山隊が奥穂高岳山頂に登頂したときは、台風の影響でガスがかかり、槍ヶ岳は見えませんでした。しかし、下山始めて少ししてから一瞬ガスが流れてこの風景が表れました。

その風景を耐水性ボールペンでスケッチ画にしました。用紙はいつもの「HOMOスケッチブック」です。

「槍ヶ岳」は標高3180メートル。「奥穂高岳」は標高3190メートル。その差10メートル、奥穂高岳がわずか高いのですが、この周辺には3000メートルを超える山は8つもあります。地球創世記にこの周辺の地表が押し上げられて生成されたのでしょうね。

さて、私がこの登山で実験してみたいと思っていたことがあります。それはスティック(杖)についてです。

通常スティックは1本を使いますが、私は2本スティックがより効果的だと思っていたのです。私はこの登山行にはスティックは1本だけ携行、使用しましたが、最終日に同行の人からスティックを借りて、持参分とあわせて2本スティックにして実験してみました。
その結果は、予想通り極めて快調に歩行できることがわかりました。1本スティックは右肩のみに負担がかかり、不自然な感じでしたが、2本スティックだと両肩均等に負担がかかって安定した効果が得られるのではないかと推測していたのが実証できたように思います。推測通りの結果を嬉しく思いました。
次回からは是非とも2本スティックで歩行したいと思っております。

2007年8月14日 (火)

奥穂高登山・チングルマ

Cldeccmq 私達熟年登山隊の第3日目は「涸沢(からさわ)小屋」から「穂高岳山荘」へ向けて出発です。

途中は瓦礫や雪渓で緊張を強いられます。この登山行の予備知識として見たビデオ「日本百名山・穂高岳編」に登場していた穂高山荘のご主人の言葉がよみがえります。
「穂高は難しい山、そうとうあちこちの山を登って、技術と装備を充分調えて来て欲しい」。

瓦礫に足を取られ、雪渓は滑りそうで、アイゼンを持参しなかったのが悔やまれます。

そんな悪戦苦闘の歩行でしたが、岩場や雪渓の溶けたところには高山植物「チングルマ」が可憐にして逞しく咲いていました。花びらは3�くらいでしょうか。
この和名の「チングルマ」はこの実の形が子供の風車に見えることから、稚児車が転じて名付けられたようですね。

その「チングルマ」を耐水性のボールペンでスケッチ画にしました。彩色はもっと淡彩の方が良かったかも知れません。

2007年8月13日 (月)

奥穂高登山・涸沢小屋

C6ywl2vg 私達熟年登山隊の第2日目の宿泊は「涸沢(からさわ)小屋」でした。

この絵は「涸沢小屋」から「涸沢ヒュッテ」方向を眺めたラフなスケッチ画です。

氷壁の宿「徳沢園」を出発、新村橋、横尾山荘(第4日目に宿泊)を通り過ぎて、屏風岩を見上げながらひたすら歩行、昼過ぎに「涸沢小屋」に到着しました。

この風景は「涸沢小屋」からの眺めです。斜め右向かいの屋根は「涸沢ヒュッテ」です。点々と見えているのは登山者の色とりどりのテント。そして、中央白いところは雪渓です。今年は降雪が多く、例年なら溶けいるはずの雪渓が多く残っていました。私達も途中、この雪渓の中を歩きましたが、滑りやすく、転倒すると麓まで滑落します。緊張の連続でした。

2007年8月10日 (金)

奥穂高岳登山・上高地

Fm_cz8n7 この絵は上高地の梓川に架かる「河童橋」の風景です。
幅広芯の6Bスケッチペンシルでラフなスケッチ画にしました。

この地は「上高地バスターミナル」の近くです。私達熟年登山隊一行6名はこの梓川沿いに第1日目の宿泊地「徳沢園」に向かってひたすら歩きました。遙か向こうには昨日掲載の「明神岳」がそびえています。

私達熟年登山隊の「奥穂高岳登山行」の日程は4泊5日です。第1日目は一昨日掲載の「徳沢園」、第2日目は「涸沢(からさわ)小屋」、第3日目は「穂高岳山荘」そして第4日目は「横尾山荘」でした。

歩行は「上高地バスターミナル」が起点で、この登山行往復の総歩行距離は(同行のMさんの万歩計換算によると)51.5キロメートルになりました。