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2008年5月

2008年5月31日 (土)

室生寺(奈良県・室生村)

Qav7pxus 奈良県室生村の「室生寺」に出掛けてきました。写真は件の職場の仲間、「高齢者登山隊」の一行です。
近鉄線「室生口大野」から3時間のハイキングコース。室生寺では900の石段を「奥の院」まで、小雨の中、2、3回休憩を取りながらやっと登り切ることが出来ました。今まさに薫風、若葉の絶頂期、爽やかな気分を十分に堪能した次第です。

さて、その帰途、私は皆さんとは逆方向に別れて、南海高野線「新今宮駅」から急行電車に乗車しましたが、車内は混雑。やむなく立っていたところ、後ろの席に座っていた(高校生らしき)若者が「私はもうすぐですから、掛けてください」と席を譲られました。

私は(若者に席を譲られるほど高齢者に見られたのかと、内心複雑な思いでしたが)「ありがとう!」と、礼をいってその行為に甘えました。そして、それから数駅電車が停車しましたが、若者は(「直ぐに降りるので」の言葉にもかかわらず)降りず、結局私の方が早く(降車する)「千代田駅」に到着。私は脱帽して「先ほどはありがとう!」と、礼をいったのに対し、若者は「いいえ!」と、爽やかな笑顔の返事がありました。

私はこの若者の温かい心遣いに、ハイキングの疲れもどこかに消え去り、ほのぼのとした気持ちになったものでした。


2008年5月29日 (木)

大峯山寺(奈良県・山上ヶ岳)

Fho7kgvl 大峯山寺は、大峯山の中心、山上ケ岳(1,719m)の山頂にあるお寺です。私達「高齢者登山隊」は5月18日、宿泊した「稲村ヶ岳小屋」を出て、昼過ぎに到着しました。

このお堂は毎年5月2日から9月22日まで、この間だけ開かれているとのこと。以前は「山上蔵王堂」と呼ばれていたようです。本堂内には中央に金剛蔵王権現、右側に役行者像がニ体祀られています。金剛蔵王権現は、役行者が山上ケ岳で祈った時、色々な仏様が現れた末に出現した権現様(垂迹神)で、修験道の本尊です。

なお、この山上ヶ岳一帯は宗教上の事由で女人禁制ですが、「稲村ヶ岳」は女性の修行場として解放されています。

さて、この大峯山一帯周辺では、「陀羅尼助(だらにすけ)丸」の看板が随所で目に付きます。この和漢薬は行者が必携する胃腸薬ですが、洞川上流に自生する樹木から精製するようです。

実は、私の同級生Yさんは「陀羅尼助丸」草創の末裔とのことですが、お父上が東京W大を卒業、教職に就かれたのを契機に手放され、その後親戚筋が継がれているようです。
この「陀羅尼助丸」の看板を目にする度にYさんを思い出します。



2008年5月25日 (日)

お花畑(大峰山・山上ヶ岳)

Ldtbsjw6 この写真は、大峰山「山上ヶ岳」(1719.2m)頂上にある「お花畑」の石碑です。数年前までは、この一帯は文字通りの「お花畑」であったようですが、クマザサが一面に覆い繁り、一本の花もありませんでした。クマザサの旺盛な生命力を再認識した次第です。

大峰山は、深田久哉さんの「日本百名山」にも選ばれています。又、大峰山は「吉野熊野国立公園」の指定を受けていて、人工は厳しく規制されています。従ってそのことが「お花畑」のクマザサを退治出来ない事由ではないか、と考えたりしております。

さて、最近のこのblog、スケッチ画の代わりに写真を掲載する回数が増えてしまいましたが、元来のスケッチ画を主体とする形体に戻したいとも思っております。

ところで、先日、「淀屋橋」の大阪市北区西天満2丁目、裁判所西側にある「マサゴ画廊」で「野村和弘 作品展」を鑑賞してきました。当日会場で野村先生から、展示のアクリル画の描法を(あつかましくも)ご教示頂きました。その内容を忘れないうちに実践、是非アップしたいと思っております。

2008年5月23日 (金)

大峰山(奈良県・天川村)

9g0ykuel 「大峰山」は、先に書きましたように、山上ヶ岳から南の弥山、八経ヶ岳を含む山全体をさします。従って、大峰山という単体の山は実際にはありません。

この写真は、稲村ヶ岳から山上ヶ岳へ向かう登山道の風景です。昨日の「西の覗き」の断崖同様、険しい絶壁が随所にあります。そして、この水墨画に登場するような風情が古来から修験道としてこの山が選ばれたゆえんでしょうね。何だか分かるような気が致します。

さて、「無我」とか「無心」が修行の究極の目的だといわれています。「座禅」はその修行の一つでしょうが、座禅でその境地に至るのは至難、達磨大師でも「面壁九年」を要したということですから、我々凡人にはとうてい不可能でしょうね。

一方、険しい修験道を、絶壁の尾根を、命懸けで一心に歩き続けることは、堂内で行う「経行(きんひん)」にも似て、(その間没頭することによって、)「無我」・「無心」の境地をそのときだけでも、体験できるかも知れない、と、思ったりしております。


2008年5月21日 (水)

西の覗き(大峯山系・山上ヶ岳)

4362olei 私達「高齢者登山隊」は、「稲村ヶ岳小屋」で一泊、「山上ヶ岳」へ向かいました。

この写真は、「山上ヶ岳」1,719mにある「西の覗き」の風景です。写真右上が覗きの場所です。

「西の覗き」は、命綱を他人に託して眼もくらむ高さの絶壁からの捨身行。昔は六文銭(つまり三途の川の渡り賃)を口にくわえて行をしたとも伝えられているようです。

実際に覗いている写真を撮りたいと思ったのですが、私達一行は皆「謙譲の美徳」を発揮、誰もこの行をしませんでした。

さて、「大峰山」という名の山は無く、山上ヶ岳から南の弥山、八経ヶ岳を含む山全体をさすようですね。
大峰山は女人禁制で有名ですが、その伝統を守っているのは「山上ヶ岳」で、「稲村ヶ岳」1,726mは、女性信者のための修行の場として解放されており、「女人大峯」とも呼ばれているようです。

ところで、「女人大峯」で思い出したのですが、拙宅近くの「天野山金剛寺」は別名「女人高野」ともいわれています。そのいわれについて、調べてみたいと思っております。

2008年5月20日 (火)

シロヤシオ(奈良県・天川村)

Ndvros1n 私達「高齢者登山隊」が「稲村が岳小屋」近くで見つけた花です。一行の中に、「シロヤシオ」ではないか、という声がありましたが、どなたかご教示下されば幸いに存じます。

さて、「稲村ヶ岳小屋」のご主人は3代目、中学校の校長だとか。現在、20歳になる息子さんと一緒に運営されています。

この「稲村ヶ岳小屋」は、順次増改築されていますが、その資材を運び上げる作業は相当難儀なことであったろうと思います。

この山小屋から隣接する「大日山」山頂へのコースは往復1時間20分、短距離の行程ですが、大日山は砲弾を立てたような急峻な姿、頂上付近は梯子や鎖の連続。その設備は初代小屋主がなされたようですが、資材搬入はこれまた大変なことであったろうと推察致します。

私達は「稲村ヶ岳小屋」で一泊、翌日は「大峰山行場」の「山上が岳」へ向かいました。

2008年5月19日 (月)

大日山(奈良県・天川村)

Zqablidr これは、宿泊した「稲村ヶ岳小屋」横に、砲弾型をして聳(そび)える「大日山」山頂・「大日如来」祠前での記念写真です。一行は、昨年「奥穂高岳登山」の高齢者登山隊です。因みに、(それはどうでも良いことですが)私は撮影者、この画面には写っておりません。

先日来右足に違和感を覚え、今回の「稲村ヶ岳」一泊登山への参加を逡巡しておりましたが、行程が短縮されたこともあって参加、無事帰還してまいりました。

今回の登山行は、「稲村ヶ岳小屋」に一泊、翌日は「山上が岳」に登り、洞川(どろがわ)温泉へ下るコースでした。そのコースは大峰山修験者が行き交い、すれ違う際にはお互い「お詣り!」や「よう、お詣り!」の挨拶を交わします。私達一行も、やがてその風習に馴染みました。
通常の登山では、「今日は!」の挨拶を交わしますが、ここ大峰山系では独特の挨拶を交わす風習であることをを初めて知りました。

さて、ここで失敗談を一つ、山小屋での消灯は例によって午後8時、今回は軽い睡眠導入剤を服用、間もなく熟睡に入りましたが、夜半(午前0時)汗びっしょりになって目が覚めてしまいました。それもそのはず、山小屋の冷え込みを見込んで、長袖とズボンを着用のまま就寝した結果でありました。
山小屋の十分な(毛布2枚を加えた)寝具には薄着で丁度良かったのです。これも今後のために良い経験となりました。


2008年5月16日 (金)

野の花(河内長野市・天野町)

Kjwzoubp 河内長野市天野町、昨日の私のウオーキングコース、田んぼの畦道に咲いていた可憐な花です。名前はわかりません。どなたかご教示下されば幸いに存じます。

さて、昨日のウオーキングでは右足に違和感があって、明日からの職場の仲間「高齢者登山隊」が行く「奈良県・稲村岳一泊登山」への参加を逡巡しておりましたが、翌日の行程が(バスの時間の都合もあって)「稲村小屋」泊まりの後は「山上が岳」に登山、洞川温泉へと下るコースに変更になりましたので参加することに致しました。
当初は「柏木」への(山伏の修験道)コース、相当長時間の歩行が強いられるところでした。
新緑の風情を満喫できそうで、楽しみにしております。

2008年5月15日 (木)

つつじ(河内長野市・下里)

Q4sv4mvn 大阪府河内長野市下里(しもさと)のつつじです。今日のウオーキングコースに咲いていました。
久し振りに私のウオーキングコース、15kmを歩きました。通常は2時間半ですが、今日は出発から2時間過ぎの頃から右足に違和感を覚えスピードダウン、結局3時間10分掛けて帰宅しました。
実は、このトレーニングは明後日から予定している、職場の仲間「高齢者登山隊」で行く、奈良県「稲村岳」1泊登山に備えてのことでありました。
今日のような状態で参加した場合、先般の「比良山縦走」のときのように、一行の皆さんに迷惑を掛けることになります。一晩寝て明日、回復状況を見て結論を出したいと思っております。

さて、先日「首長に求められる能力、資質」について提唱したところ、多数の方から「コメント」を頂戴致しました。ありがとうございました。

ところで、首長は(議会というチェック機能があるものの)その住民の生殺与奪の権限を与えられていて、故にその能力と資質が厳しく問われねばならないものと考えますが、一方、その権力について、悠久の歴史的な観点から見た場合、それ自体厳然たるものではないという、次の伊藤昌哉さんの言葉を思い出したり致します。

「権力の座は、『集団的な精神に使われることであり、歴史に使われることである』」


2008年5月10日 (土)

興福寺・南円堂(奈良市登大路町)

Ahzidlka 奈良市登大路町の興福寺・「南円堂」です。

南円堂は、西国三十三所第九番札所として多くの参拝者で賑わっていますが、弘仁4年(813)藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父 内麻呂(うちまろ)追善の為に建てたとのこと。八角堂としては日本一の大きさだそうです。

先日このブログで掲載した「五重塔」の西方約100mに位置しています。

その南円堂を件の水性ペンでラフスケッチ、水彩絵の具で淡彩しました。

さて、橋下大阪府知事は府政の根本的大改革を提唱、それについて賛否両論がありますが、次の項目の検証に基づいて評価されるべきではないかと思ったりしております。

首長に求められる能力、資質として

(1)地域づくりの哲学と将来のビジョン
(2)効率的な行財政運営
(3)職員の意識改革と組織の活性化