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2008年11月

2008年11月30日 (日)

浄瑠璃寺(京都府木津川市加茂町)

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京都府木津川市加茂町の「浄瑠璃寺」へ行って来ました。ここの紅葉は最盛期、

あと1週間くらいは楽しめそうです。

この寺は東の薬師仏をまつる「三重塔」、中央「宝池」、西の「九体阿弥陀堂」

から成りたっています。

寺名は創建時のご本尊、薬師仏の浄土である浄瑠璃世界からつけられました。

さて、この絵は浄瑠璃寺山門、耐水性の水性ボールペンでラフなスケッチ画に

したものです。

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「説明板」

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「三重塔」(国宝)

この画面中央、「宝池」対岸に見えています。この三重塔は藤原時代、平安末の治承2年、

京都一条大宮から移されてきたもので、東方本尊の「薬師仏」を安置しています。

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「境内の黄葉」

2008年11月28日 (金)

弘川寺境内(大阪府河南町)

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先日掲載した「弘川寺」の駐車場片隅にある古木置き場です。直径1m位の

丸太もあります。数年前に訪れた時にもありました。おそらく、社殿修復時に

使用するたに保管しているのでしょうね。

その風景を「ソリッドマーカー」でスケッチしました。

さて、久々に件の「菜根譚」の一節のご紹介です。「前集」第116項、「処世

の極意」という標題です。

「無能をよそおって非凡な才能をかくし、愚鈍とみせかけながら真理にめざめ、

俗流に身をまかせて節操を守り、わが身を屈して飛躍に備える。

この態度こそは、激流にあって命を救う壺のように、また、兎のひそむ三つの

穴のように、この世を安全に生きぬいていく秘訣である。」

2008年11月26日 (水)

道頓堀(大阪市南区)

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大阪市南区、「道頓堀」の「かに道楽」です。先般閉店した「くいだおれ」と並んで、

道頓堀(東は日本橋詰から西は戎橋筋にいたる)のシンボル的存在です。

昨日、この近く「戎橋画廊」で開催の「ユース絵画展」を拝見した帰りに、心斎橋

の画材店「KWACHI」までを散策しました。

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「道頓堀川」、「安井道頓」が開削したのでこの名前が付けられています。

安井道頓(1533~1615)は、安土桃山時代の土木家、河内の人。大阪城

築城にも貢献したようです。

これは通称「引っかけ橋」からの眺め、あの阪神が優勝したときにファンが飛び

込むあの橋です。正式な橋の名前は失念しました。

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「道頓堀川」は40年代の高度成長期時代、下水道施設が不完全であったこと

もあって、ゴミや悪臭に満ちた悪名高い川でありました。

近年、その悪名払拭の「道頓堀川再生作戦」の効果もあって、魚も見受けられる

位に浄化が進んでいます。また、川岸は遊歩道となって、夏にはオープンカフェ

も開店されています。

画像はゴミ収集船の作業風景です。

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「戎橋筋北詰」、戎橋筋は道頓堀川から南、南海電鉄難波駅前迄です。

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「心斎橋筋南詰」、心斎橋筋は道頓堀川から北へ、「大丸百貨店」や「そごう百貨

店」付近迄です。その北詰に画材の「KAWACHI」があります。

2008年11月24日 (月)

弘川寺(大阪府南河内郡河南町)

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大阪府河南町の「弘川寺」へ行って来ました。西行法師が文治6年(1190)2月

16日ここで入寂され、「願わくば 桜の下にて春死なん この如月の望月の頃」

の歌を遺されているのでも有名です。

この絵は境内の紅葉をスケッチ画にしたものです。4Bの鉛筆で描きました。

もうそろそろ紅葉も描き納めになるかも知れませんね。

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「弘川寺」は天智天皇の4年、役行者によって開創せられ、天武、嵯峨・後鳥羽

三天皇の勅願寺で、本尊は薬師如来です。

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境内の紅葉

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「鐘楼」

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境内から「本殿」を臨む

2008年11月23日 (日)

柿狩り(和歌山県橋本市)

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これは和歌山県橋本市、親戚の柿畑の柿です。毎年、今頃柿を頂戴しています。

その中には甘柿の「富有柿」の他、「渋柿」もあります。渋柿は皮を剥いて、紐に

吊して天日で乾燥させます。その吊す前に剥き身を10秒間ほど熱湯に潜らせる

のが上手に干し柿に仕上げる秘訣だと思っております。これを怠りますと、時に

カビが生えて失敗に終わることがあるからです。

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これはその柿畑からの眺望、下を流れるのは「紀ノ川」、あの終戦直後のオリン

ピック競泳で金メダルに輝いた前畑秀子選手を育てた川で、ちょうどこの辺りに

なります。

そして、この柿畑の近くには「隠れ谷釣り池」があります。この池は「へらブナ釣り

日本選手権」会場としても有名です。橋本市はへら竿(竹釣り竿)の製産地、その

完成したへら竿の調子を検証するための研究池でもあります。

そのようなことに思いを馳せながら、小春日和の一日を楽しみました。

2008年11月21日 (金)

苺の植え付け(大阪府河内長野市)

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大阪府河内長野市でお借りしている畑に苺の苗を植え付けました。この後、藁を

一面に敷き詰めるつもりです。

ところで、この苗は絵画同好会の友人から頂戴したもの。取り急ぎ植え付けまし

たが、肥料など留意すべき点はこれからネットで調べるつもりです。どなたか

留意点について、ご教示頂ければ幸いに存じます。

なお、この写真は携帯(電話機)のカメラで撮りました。200万画素ですが、

やはり粒子が荒いようですね。

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これは初夏に植えた小芋です。2本植えましたが、夏の水遣りを怠った結果、

1本は枯れてしましました。

これも携帯のカメラで撮りました。

2008年11月18日 (火)

寺ヶ池(大阪府河内長野市)

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大阪府河内長野市の「寺ヶ池」の銀杏の木です。寺ヶ池は周囲約1kmの溜め池、農地の

灌漑用として江戸時代に造られました。

この地は河川からは程遠く、多くの苦難を経て完成させたようです。水源は西方約4km

にある現「滝畑ダム」からです。

さて、その寺ヶ池の銀杏の木を画仙紙に水性サインペンでラフスケッチしました。

銀杏の黄葉に変化を持たせるために、「ターナー・ゴールドライト」の金粉を混ぜて彩色

してみましたが、効果は今一つのように思っております。

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「寺ヶ池公園・遊歩道」

一周約1km、付近の方々の散歩やウオーキング道として親しまれています。

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「採水塔」

この池は上水道用水としても使用されていたのでしょうか、池の中央には採水塔があります。

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「寺ヶ池」は以前、公園として整備されるまでは魚釣り池としても有名でした。へらブナや鯉

の他「ハス」も良く釣れたものです。ハスは元来清流の川魚、池に棲むはずがないので、

不思議に思いましたが、きっと誰かが放流したハスが繁殖したのだと思うに至りました。

ところで、今やこの池は「全面釣り禁止」になって周囲を安全柵で張り巡らされていますが、

豊富な魚が繁殖しているのが見受けられます。

日本は良かれ悪しかれ「管理責任」を問う国柄、市当局は水難事故の管理責任を回避

するために「全面釣り禁止」措置を講じているのでしょうが、そこは「自己責任」の精神を

浸透させて、釣り池としても解放されたら・・・、とも思いますが、釣り好きの戯言になって

しまうのでしょうか。

2008年11月17日 (月)

天野山金剛寺の錦秋(大阪府河内長野市)

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昨日に続いて、「天野山金剛寺」を訪れました。我が家からは車で10分、午後晴

たので紅葉スケッチの再挑戦です。

昨日のスケッチは不満足、紅葉を塗りたくった結果の失敗作です。そこで、今日

銀杏の黄色く色づいた境内のスケッチです。ペンは件の耐水性の水性ボール

ペンを使用、淡彩で仕上げました。今日は日曜日、沢山の写真マニアに混じって

絵画を楽しんでいる人もいましたが、油彩画は絵の具の乾きが悪く、難儀されて

いるようにお見かけしました。

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「金堂」 国指定重要文化財

創建は承安年間(1160年頃)、後白河法王時代です。その後、慶弔10年(1605)に

豊臣秀頼が、元禄13年(1700)には徳川綱吉が、共に修復の記録があります。

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「南朝御在所」の紅葉

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「多宝塔」

2008年11月16日 (日)

天野山金剛寺(大阪府河内長野市)

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大阪府河内長野市天野山の「天野山金剛寺」です。このお寺は我が家から車で

10分、紅葉狩りに訪れたところ、紅葉が真っ盛りでした。

この絵は境内のラフスケッチです。水彩用紙に水性サインペンを使いましたが、

陽射しが弱かったためか、乾きが悪く滲みの強い濁った感じになっています。

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山門からの眺望

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山門を裏側から臨む

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「天野殿」境内

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「南門」付近の紅葉

2008年11月11日 (火)

新町界隈(奈良県五條市)

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これは五條市新町通り界隈の風景です。手前は酒屋の老舗。昨日の「一ッ橋

餅商」のある鉄屋橋付近から西を臨んでおります。

旧伊勢街道の名残で今でも江戸時代の商家の街並み・風情を残しているのが、

ここ新町界隈、その中には重要文化財に指定されている建物も多数存在して

います。

そんな風景を4Bの鉛筆でラフなスケッチ画にしました。彩色は例によって、先ず

影の部分を灰色で塗る「グリザイユ画法」を採用しておりますが、因みにその

グリザイユ画を次に添付しました。

ところで、彩色をしないグリザイユのままの方が江戸時代の風情を表現できて

いるのではないか、と、思ったりしていますが・・・。

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