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2011年6月

2011年6月29日 (水)

「姫達の戦国」・お初の方の墓所を訪ねて(福井県小浜)

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6月11日(土)から一泊二日で開催された(勤務するボランティア的団体の)研修旅行。

二日目はNHKTVで放映中の大河ドラマ「姫たちの戦国 江(ごう)」に登場したお初の方

の墓所を訪ねます。

そして、その前に訪れたのが「小浜公園」です。

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小浜公園には、歌人山川登美子の歌碑がありました。

『髪長き少女とうまれしろ百合に 額は伏せつつ君をこそ思へ』

山川登美子は地元小浜の士族の生まれ、大阪梅花女学校に学ぶころから与謝野鉄幹

に師事、雑誌「明星」に投稿。大阪の鳳晶(のちの与謝野晶子)とは良きライバルであった

ようです。

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歌碑の前で、ボランティア観光ガイドの案内。この方は小学校教員を定年退職後、観光

ガイドをされているとか。小浜市は観光行政推進にボランティア制度を導入。

活躍されるガイドさんの生き甲斐とも相俟って、生涯学習推進のモデルケースになるのか

も知れません。

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次ぎに訪れたのは、「三丁町」界隈。茶屋建築の建物が並ぶエリア。この筋の長さが三丁

(330m)であったのが命名の事由とか。

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往時の遊郭で、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

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ガイドの説明を聞きながら散策する我が団体の別グループ。

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「重要伝統的建造物群保存地区指定基準」に則って、画面中央右よりのエアコンは木柵で

覆われています。

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お初の方(常高院)の墓所、「常高寺」の山門。常高寺は臨済宗妙心寺派に属します。

常高寺は、江戸時代初期の小浜藩主京極高次の妻、常高院(お初の方)(信長の妹お一

の方の次女)の発願によって建立された寺です。

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常高院(お初の方)は寛永10年、江戸にて没し、その遺骸は後瀬山麓にある常高寺の

境内地に葬られ、4メートルに及ぶ宝筐印塔が建てられました。そして、これがその塔です。

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常高寺境内の菖蒲園を散策。

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常高寺のあと、「三方五湖レインボーライン」へ。山頂公園で記念撮影。

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三方五湖を臨む。あいにくの曇天で、遠くは霞んでおりました。

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「千鳥苑」で昼食。

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地ビール「若狭ビール」は独特の味わい、ビールを飲みながらの歓談は1時間にも及び

ました。

さて、今回の「研修旅行」は研修委員である幹事の手作り企画。随分前からご苦労頂いた

だけあって、参加者一同大満足。感謝申し上げる次第でありました。

2011年6月25日 (土)

畑作3年目の記録(其の2)

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じゃがいも「メイクイーン」の収穫。

50日前の5月のゴールデンウィークに植え付けたじゃがいも「メイクイーン」の出来栄え。

余り大きくはありませんが、スーパーの買い物袋3個分。まずまずの成果でした。

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3週間前に植え付けた「ズッキーニ」の幹が大きくなってきました。南瓜の花に似た花が

咲いています。実はバナナの大きさ位が収穫時のようです。

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遅まきながら「きゅうり」の苗を植え付けました。両端の2本は地這へ用に開発されたもの

とか。それをあえて添え木をして上へ誘導することにしました。果たして、その結果は。

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「ピーマン」の植え付けです。もはや時期を逸しているのか、苗には大きな実が成っていま

す。苗が弱らないよう、この撮影後収穫しました。

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梅雨の合間を縫って出かけた畑作業、日没まで頑張りました。その日は6月23日。

「夏至」、一番昼間の時間が長い日。これから日一日と昼間の時間が短くなって行きます。

昼間の時間が一番長いのは梅雨が明けた7月中旬以降だと思っていましたが、そうでは

ないのですね。

2011年6月20日 (月)

田島中学校七期生役員会(道頓堀ホテル)

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「道頓堀ホテル」。玄関の独特のモニュメント像、このホテルの恰好の目印になっています。

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6月19日、田島中学7期生(第12回総会の)役員が「道頓堀ホテル」に参集。

主目的は5月21日(土)に「KKRホテル大阪」で開催した「第12回田島中学校7期会総会」

の記念写真などの発送作業。

ところでそれは口実、1ヶ月振りのミニ同窓会。歓談が楽しみの集まりでもありました。

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無事に作業を終了。その後の懇親会は3時間、延々と歓談がつづきました。

そして、一次会は午後6時半にお開きとなりました。

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「がんこ寿司・道頓堀店」。有志4人での3次会の会場。

実は、ここへ来る前に二次会をカラオケボックスで2時間熱唱。それでも飽きたらず

三次会はこのお店となりました。

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午後11時まで歓談。お店の閉店時間となって、やむなく最終のお開きとなりました。

私達は「皇紀2600年」生まれの71歳。とにもかくにも達者な者が多いように思います。

2011年6月16日 (木)

若狭神宮寺(奈良二月堂へお水送りの寺)

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6月11日から1泊2日で若狭方面へ出かけました。初日の最後は「若狭神宮寺」ですが、

その前に訪れたのが「馬頭観音」。そして「瓜割の滝」でした。

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「日本名水百選」に指定されている「瓜割の滝」の記念碑。

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「馬頭観音」を過ぎて、「瓜割の滝」へ向かいます。

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「瓜割の滝」は宝筐山(ほうきょうさん)天徳寺の境内にあります。

こんこんと湧き出る地下水、冷泉の一種ではないかと思われますが、この「瓜割の滝」

命名の“(この滝で)瓜を冷やすと(水温が冷た過ぎて)瓜が割れる”といういわれどおり

の冷たい水でありました。

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「宝筐山天徳寺」、杉苔が一面の庭。良く管理が行き届いています。苔を踏まずに雑草

取りは一体どのようにするのだろうかと考えてしまいます。。

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「若狭神宮寺」。毎年三月二日、神宮寺から神人と寺僧で鵜之瀬へお水送り神事が。

そして三月十二日、奈良二月堂ではお水取りの神事が執り行われます。

「御香水」は若狭から奈良二月堂へ十日間で到達するようですね。

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「若狭神宮寺」境内の椎の木。推定樹齢500年、小浜市指定天然記念物になっています。

2011年6月13日 (月)

若狭鯖街道「熊川宿」(福井県・若狭町)

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                   「熊川」の所在位置図

6月11日(土)、勤務しているボランティア的職場の研修旅行で「鯖街道」、「熊川宿」、「小浜」

そして「三方五湖」へ行って来ました。そして先ず訪れたのが「鯖街道・熊川宿」です。

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散策前の昼食は三方湖産のうなぎ。このうなぎは別名「口細青鰻(くちぼそあおうなぎ)」

と呼ばれ、とがった口と丸い尾が特長。身が引き締まり、淡泊ながら焼き上がりは香ば

しく上品な味わいでした。

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「熊川番所」正門。

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「熊川番所」、役人の人形。

いつも古い街並み保存地区を歩くたびに、行き交う人々が現在人ではなく、往時の人々

の装束姿で再現できれば、より実感が体感できるのではないかと思ったりいたします。

そうすれば、保存建築物と行き交う人々が一体となってその往時の風情を醸しだすので

はないかと考えるからです。

そんなことを考えながら、この人形を興味深く眺めた次第です。

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「熊川宿」の案内は、観光ボランティアガイド「若狭町の語り部」。

お願いしたガイドさんは80歳を越えた方で、ご高齢をご自慢のご様子でした。

ところで、今回研修旅行に参加された我がOB会員のYさんは大正8年生まれの91歳。

年間のゴルフプレー回数50数回を誇る猛者。あの有名な聖路加病院理事長としてご活躍

の日野原常明さんと良い勝負をされていると思います。

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「旧逸見(へんみ)勘兵衛家」(若狭町指定文化財)。

逸見家は伊藤忠商事初代社長伊藤竹之助の生家。平成7年、町の指定文化財となり

その後2年をかけて修理が行われ、熊川の新しく快適な住居のあり様を示すモデルハウス

として生まれ変わったようです。

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「宿場館(若狭鯖街道資料館)」。

昭和15年、伊藤竹之助が熊川村役場として建てたものが、平成10年に歴史資料館

として生まれ変わった。トスカーナ風の柱頭をもつ円柱や、中央に越屋根が付いた寄棟

瓦葺の屋根などが特徴。昭和初期の熊川の一面を垣間見ることができるようです。

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「菱屋(勢馬清兵衛家)」。

勢馬家は屋号を「菱屋(ひしや)」といい10数軒の問屋、脇問屋とともに街道の繁栄を

支えた旧家。最盛期には年間20万駄の荷物の荷継ぎ場として、その問屋場に馬借、

背負人が群がったという、また宿場町役人として藩の御用や町の自治にも貢献した。

2011年6月10日 (金)

フキの佃煮

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フキの佃煮。借りている畑の近くにはフキ(蕗)が群生、軸を刈り取って佃煮に。

勿論、仕上げたのは家人の労作です。

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相当頑張って刈り取ったつもりですが、佃煮に煮込むと一割にも満たない嵩になってしまい

ます。特に今年はフキの生長が悪いようです。それはタケノコが不作であったのと何か

関係があるのかも知れません。

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煮込む前の下ごしらえ。これが結構面倒な感じでした。

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長時間とろ火で煮詰めます。焦がさないように水分を抜くのには細心の注意が要るよう

です。

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春先に花を付けたりんごがそれらしい姿になってきました。

収穫は秋頃になりそうです。

2011年6月 6日 (月)

大阪水上バス(アクアライナー)

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一昨年、勤務しているボランティア的職の行事で、大阪水上バス(アクアライナー)で、川面

からの大阪散策に乗船しました。そのことを思い出しながら淀屋橋の大川沿いを眺めて

いたら、ちょうど「淀屋橋港」を出航する水上バスを見かけました。

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水上バスの長さは川幅ぎりぎりの寸法ですが、巧みにUターン。無事出航して行きました。

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さて、本日午後2時から西天満で勤務するボランティア的職の研修会が開催されました。

そして、その後の懇親会での面々。内容の濃い研修だったので緊張をほぐしての歓談に

一層花が咲きました。

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主催者のご厚意で最後の締め役を務めさせて頂きました。それはいつもの「大阪締め」。

そしてお開きとなりました。

2011年6月 5日 (日)

長居植物園(水彩画)

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今日は梅雨の合間の好天気、大阪市東住吉区の「長居植物園」へスケッチに行って来ました。

今を盛りのバラを観賞、沢山の来場者でにぎわっておりました。

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この写真、右側の木は「ラクショウ」(別名ヌマスギ)。

北アメリカ原産の落葉針葉高木で、根元が少しつかった状態で自生。花は雌雄異花で

開花期は4月頃、果実は緑色の球形。湿地に植えると、幹の周りに呼吸のための気根

(きこん)が出てくる。湿地に向いた木であるが、通常の土地でも植裁できる、とのこと。

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「ラクショウ」の「気根」。

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池ではカモや亀がのんびりとくつろいでいます。

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「長居陸上競技場」横の広場では将棋を楽しむグループが10卓ほど見かけました。

近所の人々が将棋の研鑽に熱中のご様子。市民に恰好の憩いの場を提供しています。

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玉ねぎ、やっと梅雨の晴れ間が訪れて、急遽の収穫です。

今年の成果は今ひとつ、次回は入念に準備したいと思っております。

2011年6月 3日 (金)

啓心流(いけばな・其の13)

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毎月末、近鉄奈良線「永和駅」展示コーナー」に出展。乗降客の目を楽しませてくれて

いるのはいけばな・啓心流宗家木田勝心斉さんの作品です。5月の作品は次の花材。

花材:イチジク(古木) グロリオサ 擬宝珠(ぎぼし)